教えて!AGEのこと

第5回 健康の大敵は高血糖とその持続によるAGEの蓄積

国際医療福祉大学臨床医学研究センター 教授
山王メディカルセンター・女性医療センター長
太田 博明 先生

 
1. ヒトのエネルギー源は

 ヒトが活動するためにはエネルギーが必要不可欠です。このエネルギーは食物から摂取されます。重要な栄養素として、三大栄養素である炭水化物、タンパク質、脂質、これにビタミンとミネラルを加えた五大栄養素があります。これらの栄養素を摂取することによりエネルギーを得て、体を動かすことができます。
 このうち炭水化物は主に植物で作られ、糖質と食物繊維でできています。炭水化物が消化吸収されると血中で糖となり、体や脳の活動に不可欠なエネルギー源となります。一方、食物繊維は満腹感を与え、便秘を予防し、腸内環境を整えます。またタンパク質は消化吸収でアミノ酸に分解され、髪・爪・内臓・筋肉などの主成分となり、ホルモンや酵素などを作るのに欠かせません。脂肪は人間の生理活動や細胞レベルで重要な働きをする栄養素です。脳の機能維持や臓器や神経、骨などを守るためにエネルギーが使われます。また、食事の消化吸収や脂溶性ビタミンの運搬にも必要です。エネルギーとして使い切れず余った脂肪は中性脂肪として主に脂肪細胞に貯蓄されますが、これがいわゆる体脂肪になります。

2. インスリンとは

 インスリンは膵臓のβ細胞が分泌するホルモンで、エネルギーの源である糖を取り込みます。血液中の糖の濃度である血糖値の上昇を察知すると、インスリンが分泌され、肝臓や筋肉の細胞に糖を取り込ませて血糖値を低下させます。インスリンの他に小腸が分泌するインクレチンもインスリンを分泌させて血糖値を低下させますが、糖を細胞に取り込ませることはできません。エネルギー源の糖を取り込む唯一のホルモンがインスリンです。
 一方、貯蔵していた糖をエネルギー源として血中に取り出し、血糖値を上げるホルモンは成長ホルモン、グルカゴン、アドレナリン等、いくつか存在します。
 血糖を下げるホルモンが1つなのに対して、上げるホルモンは多数あるのは、人類が古代より飢餓との戦いであったことに由来します。つまり、人類はいつも空腹であり、糖が足りない中で生きるためにはエネルギーを貯えるホルモンがいくつあってもよく、糖が余るような状況は想定外であったため、糖を下げるホルモンはインスリン1つで間に合っていたといえます。

3. インスリン抵抗性とは

 体脂肪、特に内臓脂肪が蓄積すると、インスリン抵抗性が増します。「インスリン抵抗性」とはインスリンが効きにくい状態であることを意味します。通常はインスリンが分泌されると血糖値が下がりますが、インスリンが出ていても血糖が上昇してしまう状態、言い換えれば「インスリン感受性が低下している」、すなわちインリンの作用不足ともいえます(図1)。インスリンの作用によって、糖を取り込む最大の組織は身体を動かす筋肉である骨格筋です。健常者では肝臓を通過した糖の70%を骨格筋が取り込みます。ところが、インスリン抵抗性のある糖尿病患者では骨格筋での取り込みが健常者の約半分となります。

 一方で、脳においてはインスリンの働きに関わらず、一定量の糖を取り込んでいます(図2)。
 すなわち、インスリンが糖を取り込ませようとするのは骨格筋ですが、この骨格筋の取り込みがうまくいかなくなるのです。このようなインスリン抵抗性は糖尿病の発症を引き起こす大きな要因となります。

4. インスリンに関連する悪循環から糖尿病へ

 インスリン抵抗性が高まると、膵臓のβ細胞は糖を処理するためにより多くのインスリンを分泌しようとします。しかし、それもやがて限界を迎えてしまい、インスリンの分泌ができなくなり、高血糖状態が持続します。このため膵臓のβ細胞がダメージを受け、機能は低下します。インスリンが正常に分泌されていれば、インスリンは脳に対して食欲抑制ホルモンとして働きますが、インスリンが足りなくなると食欲抑制がかからなくなって、肥満を誘発する原因となります。
 一方、インスリンは脂肪細胞で脂肪の合成を促進し、脂肪の分解を抑制しますが、インスリン不足により、脂肪の分解が促進され、その結果、血中に「遊離脂肪酸」を放出します。この遊離脂肪酸は筋肉や肝臓で悪玉物質として作用し、糖の取り込みを阻害し、膵臓のβ細胞の機能を低下させます。このように肥満、インスリン抵抗性、インスリン分泌不全、膵臓のβ細胞の機能低下などが悪循環を形成して2型糖尿病の発症や重症化を来します(図3)。

5. ここで登場するのがAGE

 人体は主にタンパク質で構成されていますが、糖分を摂取するとタンパク質と糖が体温などによって加熱されたような状態になり、その結果AGE(終末糖化産物)が生成されます。AGEが産生されるまでにはいくつかの段階があり、途中段階であるアマドリ化合物の状態であればその90%程度は元の状態に戻れます。しかし、糖分を過剰に摂取し続けるとAGEがどんどん生成され、溜まっていく一方となります(図4)。

 糖分を取りすぎると血中のブドウ糖が過剰となり、糖尿病になります。糖分を取りすぎるということは先程のお話に加えて、AGEも多く蓄積されることから、糖尿病をより発症ないし、より重症化させる要因となります。糖尿病が発症ないし重症化すれば、血糖値を抑えるインスリンの働きが落ちますから、高血糖の状態が長く続けば続く程AGEが溜まりやすくなり、まさに悪循環なのです。
 遺伝的背景に環境因子が加わって発症するメタボリック症候群にもAGEが悪循環を及ぼしています。メタボリック症候群のポイントは脂肪細胞が大型化して悪玉化してしまう点ですが、AGEはこの悪玉化を加速させている可能性が高いと考えられます。AGEが脂肪細胞のAGEの受容体RAGEと合体して、体内で酸化が起こります。しかもAGEとRAGEが結合すると、勝手に仲間を増やして、さらに酸化が進むという悪循環も生じるのです。そうすると善玉物質の産生を抑えてしまうので、糖尿病やメタボリック症候群から動脈硬化や心筋梗塞・脳卒中に発展しやすくなります(図5)。糖尿病の方は健康な人に比べて老化の進みが早く、心筋梗塞や脳卒中、がんや認知症のリスクも高まります。AGEを溜めない生活が健康で長生きにつながります。AGEの蓄積は高血糖が続く状態で起こるので、血糖値を急激に上がるような状況を作らない日常生活の注意が必要です。

6. AGE対策は食事で

 AGEがどれだけ脅威でも食事の方法や内容を少し工夫するだけで、体内への蓄積を抑え、老化のスピードを緩くしていくことが可能です。食後には誰でも血糖値が上がりますが、その上昇具合が激しい程、また高血糖状態である時間が長い程、AGEは多く蓄積されます。同じ食品を食べた場合でも、食べる順番によって高血糖状態である時間が変わってきます。例えば炭水化物であるご飯を先に食べ、とんかつを食べ、最後にキャベツを食べますと、食後高血糖の時間は長くなります(図6)。しかし先にキャベツを食べるだけで血糖のピークを抑制し、持続時間も短縮できるのです。
 肉や炭水化物より、野菜やキノコ類、海草などを先に食べると、食後高血糖の時間を短くできることが分かっています。また1時間かけて食事するのと、10分でかき込むように食べるのでは同じメニューでも後者の方が急激に血糖値が上がってしまいます。AGEの蓄積を抑えるためには、よく噛んでゆっくり食事するということが大切なのです。
 その他、調理法によってAGEの値は変わります。日本食は蒸すとか生で食べる料理が伝統的に好まれてきました。この和食の調理法や食材そのものを味わう習慣が日本人の健康寿命が長いことを裏付けていると思います。しかし次第に食事も欧米化していますので、日本人も油断は禁物です。

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