教えて!AGEのこと

第17回 最新のAGE研究

昭和大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科学部門教授
昭和大学病院附属東病院糖尿病・代謝・内分泌内科診療科長
山岸 昌一 先生

 

今回は、「最新のAGE研究」と題して、AGEに関する最近の研究成果の中から、いくつかトピックスを拾って解説したいと思います。



(1)AGE測定器を用いた大規模臨床データ

 皮膚に溜まったAGEを簡単に計測できる測定器が開発され、普及しつつあります。老化の原因物質であるAGEは、ある波長の光に反応し蛍光を発する性質があります。この特徴を利用して開発された機器が、TruAgeスキャナーやAGEリーダーミューです。
 これまでに多くの研究により、これらの機器で測定された蛍光値(皮膚自家蛍光値;SAF)が、皮膚をはじめとする全身臓器のAGEの蓄積量を反映し、心臓病や腎臓病の重症度や将来の死亡リスクを予知できることが明らかにされています。このようにAGEが簡単に測定でき、数値として表示され、身近な存在になったことで、AGEに関する注目度も上昇してきているようにも思います。そこで、今回は、我々のビックデータを一つご紹介したいと思います。データは、4年がかりで1万人以上の健康な方々のAGEを皮膚で測定し、AGEの蓄積に関与する生活習慣の影響を詳細に検討したものです。今年、イギリスの内科系の雑誌に掲載されたこの研究結果によると、喫煙、運動不足、精神的なストレス、睡眠不足、朝食抜き、甘い物の過食により、AGEの蓄積が亢進する可能性が示されました。日々の食習慣や喫煙習慣だけではなく、精神的なストレスや睡眠不足もAGEの蓄積に関わっている事実は、我々のかねてからの考え方が正しいものであることを裏付けるものでした。我々は、以前より、血糖値が下がりすぎたり(低血糖:高血糖の逆)、血液の循環が悪くなり、酸素が十分に組織に行き届かなかったりすると(低酸素)、交感神経が活性化し、AGEの蓄積が促進されるのではないかと考えていました。この1万人のデータは、精神的なストレスや睡眠不足が交感神経を活性化させ、AGEの蓄積を促すことを示しています。どうやら、アンチAGEを目指していくには、精神的、肉体的、かつ社会的に満たされた状態(WHO、世界保健機構が提唱する健康の定義)であることがとても大切なようです。

(2)新しいAGE測定器の登場

 これまでのAGE測定機器は前腕部の測定用に開発されてきたため、美容と関係の深い顔や首など他部位での測定はできませんでした。今回、我々は、新たに開発された「TruAgeスキャナーmini」を用いて、前腕以外の他部位でもSAFの測定を行い、前腕部のSAFとの比較を行いました。その結果、TruAgeスキャナーで計測した前腕部のSAFとminiで計測した前腕部と首のSAFとの間に正の相関関係があることが明らかになりました。このことから、miniを用いても従来と同様な精度でAGEを測定できることがわかりました。また、miniにより美容と関係の深い首の部分のAGEについても測定できることも示されました。ハンディタイプのTruAgeスキャナーminiは、エステや美容の領域で簡便にAGEを測定する手段として頻用されるようになるかもしれません。

(3)AGE値の母子相関

 先ほども述べたように、多くの研究により、生活習慣の歪みによってAGEの蓄積が加速してしまうことが報告されています。したがって、日頃の生活習慣の違いにより、実年齢以上にAGEの蓄積が亢進してしまう場合が出てきます。しかし、これらの結果は、すべて成人を対象とした研究から明らかにされたものです。
 実は、子供たちのAGEの蓄積がどのような因子の影響を受けるのか、ほとんどわかっていないのです。つまるところ、12歳以下の子供たちでもAGEの蓄積と年齢との間に相関関係があるのか?それとも日頃の生活習慣の影響の方が大きいのか?大きいとすれば、どのような生活習慣が問題なのかなどについては、これまで全く明らかにされてきませんでした。そこで、私たちは、12歳以下の子供をもつ母親と子供たちにアンケート調査と同時にAGE測定を行い、この課題に取り組んでみたわけです。その結果、母親では年齢とAGEの蓄積量に相関がありましたが、子供たちの年齢とAGEの蓄積量との間には相関関係を認めませんでした。一方、AGE蓄積が実年齢以上に顕著であった母親の子供たちほど、AGEの蓄積量が亢進していることがわかりました。このことから、食習慣を共有することの多い母子のAGE量が相関することが示されました。母親に対する食・生活習慣の指導と子どもに対する食育が、母子の健康維持に有用なのかもしれません。

(4)RAGEアプタマー

 以前に、AGEをシャボン玉のように包み込み、無毒化する医薬品のことについてお話しさせて頂いたことがあったかと思います。シャボン玉療法、そう、AGEに対するDNAアプタマー療法です。DNAは、元来、遺伝情報を担い、生命の設計図、青写真と考えられていました。しかし最近になり、DNAはそれ自身がいろんな立体構造をとり、様々な物質にくっつくこともわかってきたのです。アプタマーは、ラテン語で‘fit(フィット)’を意味しますから、DNAアプタマーは、まさに、あるものにフィットするDNAということになります。そして、ある種のDNAは、AGEにフィットし、シャボン玉のようにAGEを包み込み、その働きを無毒化します。我々は、最近、このアプタマーをAGEの鍵穴であるRAGE(レイジ)にも応用し、RAGEアプタマーの開発に成功しました。人間の臓器にはAGEがはまり込む鍵穴(RAGE)が存在し、溜まったAGEはRAGEと結合することで炎症を引き起こして、動脈硬化症、がん、アルツハイマー病、骨粗鬆症、腎臓病、肝臓病、歯周病、不妊など様々な病気のリスクを高めます。そこで、このRAGEにうまくフィットしてAGEがRAGEにはまり込む所をブロックできれば、いろんな病気の予防につながるのではないかと考えたわけです。つまり、臭いものには蓋。このRAGEアプタマーを実験動物に投与すると、糖尿病性腎症の発症が抑えられるだけでなく(つまり、予防)、腎症の進行も抑えられます(つまり、治療)。また、RAGEアプタマーにより、モデル動物のがんの増殖や肝臓への転移も抑制されることが明らかになりました。糖尿病性腎症は、透析導入に至る第一位の原因疾患ですし、がんは、日本人にとってもっとも大きな死亡原因です。このRAGEアプタマーを是非、治療の場に応用していけるよう、これからも研究を続けていきたいと思っています。

(5)個人差

 AGEの作られ方に関して、個人差があるというお話をしたいと思います。基本的にAGEは糖とタンパク質のアミノ基との反応で、ここには酵素が全く絡みません。つまり、AGE化は、糖とタンパク質が存在すると自動的に起こってしまう反応なのです。そのため、一般的には、血糖値が高ければ高いほど、また、その持続時間が長ければ長いほど、AGEは作られ、溜まってくることになります。ところが、AGEのでき方、溜まり方に個人差があることがわかってきたのです。実際、多くの糖尿病患者さんの診療にあたっていると、長い間、血糖コントロールが不良のままなのに、ほとんど合併症を発症しない方がいる一方で、全くその逆のパターンの患者さんも存在することに気づきます。おそらく、糖化によるタンパク質の劣化、蓄積に対して、防御機構をうまく働かせることができるヒトとそうでないヒトがいるのだと思います。そして、同じ程度の血糖値でも糖化が進みやすいヒトでは、血管の合併症が進行しやすいことも報告されています。どのような遺伝子が、この2つのグループの違いを規定しているかは、現状では明らかではありません。ただ、焦げの部分に存在する発がん性物質、へテロサイクリックアミンを代謝、解毒する酵素(N-アセチルトランスフェラーゼ2)の活性が弱い方で、皮膚で測定したAGE値が高くなることが知られています。したがって、N-アセチルトランスフェラーゼ2の活性の強弱が、AGE蓄積の個人差を決めているのかもしれません。